告解

私は10数年間、お金のために営業の仕事をしていました。

顧客の事よりも自分の毎月の数字がいくらになるのか、いくらの数字を達成すれば給与や賞与がいくらになるのか。
日々、この事を考え仕事をしていました。

顧客へ嘘をつく事もしばしば。

「もう他に買いたいという人がいます」

「他に検討している方もいるので判断はお早めに」

底の浅い軽い発言を繰り返していたのです。

そんな営業マンには当然、お客様もついてきません。成約してお客様からのご紹介なんてものはほとんど無く、大手不動産会社の看板で、次から次へとくる売却相談を消化し、数字を作る毎日。

それでも年収はそこそこの金額となるので、
時には少しだけ贅沢をしながら生活をしていました。

ある時、高齢者施設で生活を始めた老夫婦がいて、長年住んできた自宅を売却したいと相談を受けました。

わたしは担当を任され、他に競合している不動産会社もいたものですから、当初売出し価格を相場よりも数百万円高く提案。

無事、売却依頼を専任で受注しました。

売却活動開始後、老夫婦宅へできるだけ通い、現状報告をするようにしたわたしに老夫婦も気を許したのか、売却提示価格についても「〇〇さんに任せるよ」と言ってくれるようになりました。

わたしは自分の良いように値段を下げる事を提案するとともに、心の中で「この夫婦、買取金額を提示してもきっと承諾するだろう」との思いがよぎっていました。

丁度、店舗の月の目標数字が達成できるかどうかという状況だった事もあり、わたしはいくつかの不動産買取業者へ価格の打診を行いました。

一番高く提示した業者の申込書を持って、わたしは老夫婦の元へ訪ね、「この金額で買いたいという法人がいる」と、商談を行い、あっけなく老夫婦は承諾をされました。

店舗の目標数字はこの1件の契約でもって無事達成し、月末ギリギリのところで数字を入れ込んだ自分は店舗内での短期的なヒーローとなったのです。

しかし、なぜか私の気持ちは上向きになるどころか、なにか悶々とするものがこみ上げてきて、この思いが何なのかわからず自問自答していました。

今回契約した老夫婦には他に身寄りが無く、
子供が1人いたのですが、幼くして亡くなっていました。老夫婦はわたしに亡くなった子供の姿を重ねていた様子があり、わたしは老夫婦に「頼りにされていた」のです。

そんな売主の気持ちさえも踏みにじり、「自分の好きなようにして良い」という言葉を真に受けて、自分の利益を優先した判断をしてしまった自分に、初めて、情けなさと、何のためにこの仕事をしているのだろうという気持ちが芽生えてきました。

今回の物件に関して言えば、わざわざ買取りとまではいかなくても、もう200万円は高く一般顧客に売れたであろうし、高く売れるためにやれる事は全部やったのかと言われると、

わたしがやった事は自社のホームページへ物件情報を載せただけです。

自分のやれる事をやりきった。それでも買い手がなかなか見つからないという状況下での買取りのご提案ならまだしも、

きっとこの売主はわたしの提案を何でも聞き入れるというズルい判断を元にあっけなく商談を成立させてしまった、

わたしはただの詐欺師だったのです。

わたしのやっている事は人の役に立つどころか、情報リテラシーの低い顧客の足元を見て、
利益を取ろうとする典型的なくそ野郎の仕事で、それで生きてきたのです。

そういう風に自分の事を考えるようになると、
なんだか毎日の食事が美味しく無い。たまに飲むビールも美味しくなくなってしまいました。

きっとこれは
「自分の事ばかり考えて生きてきた人の気持ちをないがしろにして生きてきた自分への罰なんだ」と思いました。


わたしは数字を追いかけて仕事をする事を辞めました。


とは言っても会社は営業会社。

月の目標数字はどうしても発生していますし、
目標数字を達成できない営業マンはマイナス社員。会社側もしっかりと収支を組み立てた上での目標数字なのですから、ここはしっかりと達成しないと会社にも迷惑がかかってしまう。

この板挟みにあいながらも、

できるだけ、できるだけ、

お客様の事を考えて、お客様にとって良い判断となる様に思考回路を変えていくようになりました。そうじゃなきゃ、なんだか生きている意味が無いと思うようになったのです。

何とか目標数字をギリギリクリアしながらも、
以前のように目標達成率150%以上というようないわゆる「デキル社員」ではなくなってしまいましたが、
(新卒入社5年目に成績トップ5に入っていたので、会社側からすると、当時はなかなかの「デキル社員」という評価を頂いていたのです)

それでも少しづつその夜食べる夕食に満足できるようになってきました。

ただし、反比例して会社での求心力や発言力は失われていきました。
あくまで会社の働いている社員や上司は数字をやっている営業マンが偉い。
内容がどうであろうと数字が全てなのです。

会社の評価軸に「顧客満足度」なるものは無く、買取りに回して、再販売まで受注して、
更に両手契約に持っていく人間が正しいのです。

入社当初、一生懸命仕事に励んでいた新卒社員が、数年後に「売主だまくらかして買取りになりました」と笑顔で報告していたところを目撃し、わたしは会社を去る事を決心しました。

これが、自分が十数年やってきた事であり、
大手不動産会社の実情でもあったのです。

お金の為に働き、自分が本来何者になりたかったのかすらも忘れていく。

十数年経って、わたし自身の環境も変わりました。結婚を経て、ありがたい事に2人の子供を授かりました。当然、家族を養っていかなくてはなりませんが、

嫁や子供にお客様をだまくらかして稼いだお金でご飯を食べさせる訳にはいかないと考えるようになりました。


きれい事を言っているかもしれません。


それでももう、あの夕食やビールを美味しいと思えない日々に戻りたくないし、
そんな食事を子供に食べさせたく無い。


大学生の頃、とてつもない力仕事のバイトをしていました。


昼休みになると、もう汗だく。
でも休憩時間に食べる弁当が美味しくて美味しくて忘れられなかった。

今の人生の目標は、その時の食事を上回る程のご飯を食べる事。

そして夜に最高に美味しいビールを飲む事です。

その為に自分は何をすべきなのか、
美味しい食事、美味しいビールを飲むためにどうすれば良いのか、真剣に考えていきます。

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